大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和42年(ワ)1450号 判決 1969年5月20日

原告

池田徹

ほか四名

被告

株式会社大一建設

ほか一名

主文

一、被告らは各自原告池田徹に対し金五四二、〇三八円及び内金三九二、〇三八円について昭和四二年七月二四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告らは各自原告池田文子に対し金五九二、〇三八円及びこれに対する昭和四二年七月二四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三、原告徹、同文子のその余の請求を棄却する。

四、その余の原告らの請求をいずれも棄却する。

五、訴訟費用はこれを三分しその二は原告らの、その一は被告らの連帯負担とする。

六、この判決は第一、二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

(原告ら)

一、被告らは各自原告徹に対し金二、三一二、六三二円及び内金一、九七二、六三二円について昭和四二年七月二四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告らは各自原告文子に対し金一、九七二、六三二円、原告拓士、同健児、同静生に対し各金一〇〇、〇〇〇円及びそれぞれに対する昭和四二年七月二四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

四、仮執行宣言。

(被告ら)

一、原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者の主張

(原告らの請求原因)

一、事故の発生

訴外池田高貴(以下被害者という)は、昭和四二年七月二二日午後八時頃単車を運転して通称有馬街道を北から南に向つて進行中、神戸市兵庫区山田町小部下谷上にさしかかつたとき、右道路上を南から北に向つて進行してきた被告森脇の運転する普通貨物自動車(以下被告車という)と接触事故を起し、翌二三日午前一時二五分頃死亡した。

二、被告株式会社大一建設(以下被告会社という)の責任

本件事故は、被告森脇が被告会社に雇傭され、同会社の業務のため同会社所有の被告車の運転に従事していたとき発生したものである。

よつて、被告会社は自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)第三条により被害者の死亡による損害を賠償する責任がある。

三、被告森脇の責任

被告森脇は、被害者の単車とすれ違う場合は前方を注視し、単車の動向に注意し、単車と接触する危険のあるときは被告車を減速又は徐行し、被告車を道路の左側に寄せるなどすれ違いによる危険を未然に防止するため適切なる措置をとるべき注意義務があるのにこれを怠つた過失によつて本件事故を発生せしめたものである。

よつて、民法第七〇九条により被害者の死亡による損害を賠償する責任がある。

四、損害

(一) 逸失利益

被害者は本件事故当時、東神自動車工業株式会社に勤務し月収約二四、〇〇〇円を得ていたから、これより右収入を得るために必要な諸経費、生活費として五割を控除すると月収約一二、〇〇〇円の純収入があり、年収にして約一四四、〇〇〇円の純収入を得ることができた。当時被害者は一八歳であつたから就労可能年数は四五年である。これからホフマン方式計算方法により年毎に五分の割合による中間利息を控除して合算し、死亡時における一時払額を求めると三、四四五、二六四円となる。

被害者は本件事故により被告らに対し右同額の損害賠償請求権を取得したものである。

そして、原告徹は被害者の父、同文子は母として各二分の一の相続分をもつて被害者の有する権利を承継取得したから被害者の右請求権のうち、右原告らは各二分の一の一、七二二、六三二円の請求権を承継取得したものである。

(二) 慰藉料

原告徹は被害者の父、同文子は母、同拓士、同健児は実兄、同静生は実弟である。

被害者は、原告らと同居生活をしながら東神自動車工業株式会社に勤務し、心優しく父母兄弟に親切だつたので、本件事故によつて原告らは筆舌に尽し難い精神的打撃を蒙つた。

とくに原告文子は本件事故が原因で事故当日から病院に入院し現在に至つている。

原告らの右苦痛を金銭をもつて償うためには、原告徹、同文子において各一、〇〇〇、〇〇〇円、その余の原告らにおいて各一〇〇、〇〇〇円の支払いを受けるのが各相当である。

(三) 弁護士費用

原告徹は、被告らが原告らの本件事故の示談に応じないので弁護士小倉勲、同河瀬長一に損害賠償請求訴訟を委任し、昭和四二年一二月一日着手金四〇、〇〇〇円を支払い、かつ成功報酬金三〇〇、〇〇〇円を支払う約束をした。

五、以上の損害額のうち、自賠法による保険金受領の事実を考慮し、被告らに対し各自、

(一) 原告徹は相続分一、七二二、六三二円、慰藉料二五〇、〇〇〇円、弁護士費用三四〇、〇〇〇円以上合計二、三一二、六三二円及び内金一、九七二、六三二円について本件事故により被害者の死亡した翌日である昭和四二年七月二四日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金

(二) 原告文子は相続分一、七二二、六三二円、慰藉料二五〇、〇〇〇円以上合計一、九七二、六三二円、原告拓士、同健児、同静生は各一〇〇、〇〇〇円及びそれぞれに対する昭和四二年七月二四日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

(被告らの認否)

一、請求原因一、二の事実は認める。

二、同三の事実は否認する。

三、同四(一)(二)の事実中、被害者と原告らとの身分関係は不知、その余の事実は否認。原告拓士、同健児、同静生は被害者の兄弟であるから民法第七一一条に基く慰藉料請求は認められない。

同(三)の事実は不知。

(被告らの抗弁)

一、過失相殺

仮りに、被告森脇に過失があつたとしても、被害者に重大なる過失があつたから過失相殺とさるべきである。

すなわち、およそ、自動車運転者は道路交通法規に従い、制限速度を守り、道路の左側部分の左側を通行し、常に前方を注視し、対向車を発見したときは、対向車の動向に注意し、対向車との衝突又は接触による事故を未然に防止すべく適切な措置をとる注意義務があるのにも拘らず、被害者は、本件事故現場のカーブし、かつ勾配のある道路を最高制限速度時速四〇粁を著るしく超過した速度で、道路中央より右側を通行し、かつ、前方不注視により被告車の発見が遅れ本件事故を発生せしめたものであり、被害者の無免許運転に起因するもので、その過失は重大である。

二、自賠法による保険金の受領

原告徹、同文子は昭和四二年九月頃自賠法の責任保険より一、五〇〇、〇〇〇円を受領した。

(抗弁に対する原告らの認否)

一、抗弁一の事実中、被害者の無免許運転の点は認めるがその余は否認

二、同二の事実は認める。受領した保険金一、五〇〇、〇〇〇円を原告徹、同文子が二分し各七五〇、〇〇〇円宛受取り、これを慰藉料各一、〇〇〇、〇〇〇円の内金として各充当した。

第三、証拠〔略〕

理由

一、被告会社の責任

請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。

よつて、被告会社は、本件事故によつて発生した損害について自賠法第三条により賠償責任を負うものというべきである。

二、被告森脇の責任

〔証拠略〕を綜合すれば、被告森脇は、普通貨物自動車を運転し、本件事故現場の道路を南から北に向けて最高制限速度時速四〇粁以下の時速三〇粁ないし四〇粁で道路中央よりを進行し、本件衝突地点の手前約二五米の地点にきたとき、前方約五〇米先を本件道路の中央に沿つて進行してきた被害者の単車を発見したので、速度を時速二〇粁ないし三〇粁に減速し、さらに約一四米運行したとき被害者の単車が依然道路の中央に沿つて運行してくるので、このまま両車が進行すれば接触の危険があると考えこれを回避するため、被害者の注意を喚起する目的で、被告車の前照灯を消し、補助前照灯を二、三回点滅し、被害者が被告車に気付き単車を道路の左側に寄せるであろうことを期待し、そのまま道路の中央より約一〇糎左側を同一速度で一一・六米進行し、さらに被害者の注意を喚起するため補助前照灯を点滅した瞬間、被害者の単車と被告車が接触したことが認められ右認定を覆えすに足る証拠はない。

ところで、自動者運転者としては、事故の発生を防止するため対向車とすれ違う場合は、前方を注視し、対向車の動向を注意し対向車と接触する危険のあるときは、減速または徐行し、自動車をできるだけ道路の左側に寄せ、前照灯を減光又は下向きとし、必要に応じて警音器を鳴らすなど適切な措置をとりすれ違いによる接触又は衝突による事故を防止すべき業務上の注意義務があるというべきであるから、右認定したような被告森脇の行為は右の注意義務を怠つた過失があるというべきである。

よつて、被告森脇は右事故によつて発生した損害について、民法第七〇九条により賠償責任を負うものというべきである。

三、損害

(一)  逸失利益

〔証拠略〕を綜合すれば、被害者は、本件事故当時一八歳の健康な男子で東神自動車工業株式会社に勤務し、賞与額を含め年収二八八、〇〇〇円を下らない賃金収入を得ていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右収入を得るための生活費として原告らの自認する被害者の収入の五割を超えると見るべき証拠はないから、右収入からこれを差引くと年収にして一四四、〇〇〇円の純収入を得ることができたことになる。ところで、〔証拠略〕によれば被害者は熔接工であつたことが認められるところ、被害者の就労可能年数は右職種に照らし特段の事情のないかぎり満六〇才になるまでの四二年間と推認するを相当とし、特段の事情を認むべき証拠はない。そこで右期間中に得べかりし右割合による純収入額につき、ホフマン方式計算方法により年毎に五分の割合による中間利息を控除して合算し、死亡時における一時払額を求めると、三、二一〇、一九二円となる。

よつて、被害者は本件事故により被告らに対し右同額の損害賠償請求権を取得したというべきである。

〔証拠略〕によると、原告徹は被害者の父、同文子は母として各二分の一の相続分をもつて被害者の有する権利を承継取得したことが明らかであるから、原告徹、同文子は被害者の右請求権の各二分の一の一、六〇五、〇九六円の請求権を各取得したことになる。

(二)  慰藉料

〔証拠略〕を綜合すれば、原告徹は被害者の父、同文子は母、同拓士、同健児は実兄、同静生は実弟であること、被害者は原告らと同居生活をしながら東神自動車工業株式会社に勤務していたこと、被害者は性格が明るく兄弟の中でも一番素直で親兄弟に親切であつたこと、原告文子が本件事故が原因で病気となり事故当日から昭和四四年三月末まで病院に入院加療し、現在も通院していることが認められ、右事実を綜合すれば、原告らは被害者の本件事故に基づく死亡により甚大な精神的苦痛を蒙つたものと認めるべく、右各事情と本件事故の発生につき後記四で説明するような被害者に重大な過失が存すること、その他諸般の事情を考慮すれば、右苦痛を償うべき原告らの被告らに賠償を求めるべき金額は、原告徹において五〇〇、〇〇〇円、同文子において七〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認められる。

その余の原告らも被害者の本件事故死により精神的苦痛を受けたことは認められるが、右原告らは被害者の兄弟であり、被害者の両親である原告徹、同文子に固有の慰藉料請求が認められる以上、特段の事情のない限り、右原告らの慰藉料請求は認められないと解するのが相当であるところ、右原告らの慰藉料請求について特段の事情を認めるに足る証拠がないから右原告らの慰藉料請求は失当である。

(三)  弁護士費用

原告本人池田徹の尋問の結果によれば、原告徹は、弁護士小倉勲に着手金四〇、〇〇〇円を支払い、かつ、成功報酬三〇〇、〇〇〇円の支払いを約束をしたことが認められるが、原告らの本訴請求額及び本件訴訟の審理過程において明らかとなつた事案の内容、性質並びに当裁判所の後記認容額及び当裁判所に顕著な日本弁護士連合会報酬規定等を参酌すると被告らにおいて賠償すべき弁護士費用の相当額は一五〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

四、過失相殺

被害者は、本件単車の無免許運転中に本件事故を起したことは当事者間に争いがない。〔証拠略〕を綜合すれば、被害者は本件事故現場のカーブし、かつ、勾配のある道路を道路の中央に沿つて進行し、対向車である被告車と接触したことが認められる。これらの事実を綜合すれば、被害者は前方注視を怠り、被告車を接触直前に発見し、適切な措置がとれなかつたことが推認できる。右認定を覆えすに足る証拠はない。およそ、単車の運転免許なくしてこれを運転することは禁止されていることはいうまでもない。単車を運転する以上は道路交通法規に従い、道路の左側部分の左側を通行し、常に前方を注視し、対向車を発見したときは対向車との衝突又は接触による事故を未然に防止すべく適切なる措置をとるべき注意義務があるというべきであるから右認定にかかる被害者の行為は右の如き注意義務を怠つた過失があつたというべきである。右過失は被害者の無免許運転に起因するところが大きいから重大なる過失があつたというべきである。

そして、右過失は原告らの損害額を定めるについて考慮されなければならない減額事由にあたるので、これを斟酌し、被告らが原告ら各自に賠償すべき前記三(一)の損害額は、その六割を減じた各金六四二、〇三八円と認めるべきである。

五、自賠法による保険金の充当

原告徹、同文子は本件事故による損害の補償として被告会社加入の自動車損害賠償責任保険より保険金として一、五〇〇、〇〇〇円を受領したことは当事者間に争いがない。ところで右原告らはこれを二分しそれぞれ七五〇、〇〇〇円宛受領し、これを慰藉料にまず充当したことを自認するので、これをまず慰藉料に充当し、残額を逸失利益に充当するのを相当と認むべきである。

そうだとすれば、原告徹について保険金七五〇、〇〇〇円を、慰藉料五〇〇、〇〇〇円に充当し、保険金の残額二五〇、〇〇〇円を逸失利益六四二、〇三八円に充当すれば、逸失利益の残額は三九二、〇三八円となり、原告文子について保険金七五〇、〇〇〇円を慰藉料七〇〇、〇〇〇円に充当し、保険金の残額五〇、〇〇〇円を逸失利益六四二、〇三八円に充当すれば、逸失利益の残額は五九二、〇三八円となる。

六、結び

よつて、被告らは各自、原告徹に対し、本件事故により受けた損害の賠償として、前記逸失利益の残額三九二、〇三八円と弁護士費用一五〇、〇〇〇円以上合計五四二、〇三八円及び内金三九二、〇三八円に対する被害者死亡の翌日である昭和四二年七月二四日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を、原告文子に対し、前記逸失利益の残額五九二、〇三八円及びこれに対する昭和四二年七月二四日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を各支払うべきものと認め、右原告らの本訴請求を右限度において認容し、その余の請求及びその余の原告らの請求は理由なきものと認め棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項但書、仮執行の宣言については同法第一九六条第一項を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 原田久太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例